西野七瀬 ディープフェイク——このキーワードがネット上で検索される背景には、単なる好奇心ではなく、深刻な社会問題が横たわっている。元乃木坂46のメンバーとして一世を風靡し、現在も女優として第一線で活躍する西野七瀬。その知名度と美貌が、悪意ある第三者によるAI合成技術の標的にされてきた実態は、芸能界全体に暗い影を落としている。
ディープフェイクとは何か——技術の正体を正確に知る
ディープフェイクとは、AIを使って特定の人物の顔や声などを本物そっくりに他の映像や音声と合成する技術のことをいう。「ディープラーニング(深層学習)」というAI技術と「フェイク(偽)」を組み合わせた言葉であり、有名人が実際には言っていないことを、さも実際に発言をしているかのような動画や、他人の顔と体を合成したポルノ映像などがこれに該当する。
かつては高度な映像編集技術を持つ専門家にしか作れなかった。それが今や違う。SNSなどに多くの画像や動画が投稿されており、素材が入手しやすい上、専用のソフトウェアも流通しているなど、ディープフェイク動画の作成も容易になっている。西野七瀬のような著名人は、公開されたインタビュー映像、映画のプロモーション動画、SNS上の写真など、無数の「素材」がインターネット上に存在する。悪用しようとすれば、技術的ハードルはかつてないほど低くなっている。
生成AIの発展による画像加工技術の発達には目覚ましいものがある。その象徴として、一般人の間でも、生成AIを利用した画像生成が普及し始めており、AI技術を使用して実在する人物の偽の性的な画像・動画が作成されるなど、生成AIの悪用例が見られるようにもなった。問題の根は、技術そのものではない。それを悪意を持って使う人間の側にある。
芸能人が直面する「見えない暴力」の実態
西野七瀬に限らず、日本の女性芸能人はディープフェイクの主要な標的となっている。アイドルコラージュと比較して、ディープフェイクポルノの方が容易かつ精巧に作成される点で従来のものとは大きく異なる。さらに、インターネットの普及により、一般人が、作成したディープフェイクポルノをインターネット上で公開する事案も増えている。
被害の規模は想像以上に大きい。読売新聞は、令和5(2023)年12月から令和6(2024)年11月にかけて、性的な偽画像を作成できるとうたった41のウェブサイトの国別アクセス数を調査した結果、米国、インドに続き、日本からのアクセスが世界で3番目に多かった。また、日本からの月平均アクセス者数は約41万人で、その8割がスマートフォンからのアクセスだったとしている。日本が「被害の温床」になっているという現実は、見て見ぬふりができない。
性的ディープフェイクは、実在の人物の顔を無断で性的な画像・動画に合成するもので、被害の大半を占めるとされ、人格を深く傷つける。芸能人にとって、自分の顔が使われた偽の動画がネット上を漂い続けるという状況は、精神的に耐えがたいものだ。削除しても削除しても、別のサイトで蘇る。この「デジタル的な永続性」こそが、被害を特に深刻にしている。
「犯罪ではない」は誤解——実際に問われる法的責任
よく誤解されているが、ディープフェイクの作成や拡散は法的に無風地帯ではない。ディープフェイクの作成や利用そのものを直接的に犯罪としている法令が存在するわけではなく、「ディープフェイク作成罪」などといった罪名があるわけでもない。しかし、だからといって、ディープフェイクの活用の仕方によっては、処罰されることがないというわけではない。
具体的にどんな罪に問われるのか。他人を誹謗中傷する目的でディープフェイク映像を作成し、拡散すれば、名誉毀損罪(刑法第230条第1項)に該当する可能性がある。また、成人向けコンテンツ(わいせつ物)を素材とした生成AIやディープフェイク動画をインターネット上で公開すれば、わいせつ物頒布罪(刑法第175条)に該当する可能性がある。
実際に有罪判決が出た事例も存在する。被告人が人工知能を利用して動画中の人物の顔を加工することのできるフリーソフトウェアを使用し、女性芸能人の顔の画像を、市販されているアダルトビデオの動画にはめ込み、女性がアダルトビデオに出演しているように見える、いわゆるディープフェイクポルノを作成し、自らが運営するインターネット掲示板で公開していた事案について、裁判所は「このような行為は女性芸能人の側から見れば、タレントとしてのイメージとその名誉を毀損」するものであるとした。
拡散した側も同様に責任を負う。ディープフェイク動画をリツイートした場合には、リツイートによって、新たに、より広範に、その人の社会的評価を低下させる表現を広めたことになるので、拡散した人も名誉毀損の責任を負うことになる。「見ただけ」「シェアしただけ」という言い訳は、法の前では通用しない。
パブリシティ権と肖像権——芸能人が持つ二つの盾
民事面では、芸能人は二種類の権利を武器に戦うことができる。パブリシティ権侵害として、芸能人やスポーツ選手など、その顧客吸引力(経済的価値)を無断で商業利用された場合に問われる。ディープフェイクを用いて有名人を広告塔のように見せかける行為は、この権利の侵害となる。
ディープフェイクによる被害を受けるのは自らの容貌で偽作動画を生成された芸能人等の著名人であるが、偽作動画の公開の民事的差止を行う際に、肖像権または肖像パブリシティ権に基づく請求が認められる。ただし、これらの権利行使には法的手続きが伴い、時間もコストもかかる。被害が拡散するスピードに法的対応が追いつかないという根本的なジレンマがある。
被害者は、自分や家族の画像が無断で加工、拡散された場合、時間の経過とともに拡散リスクや心理的被害が深刻化する。肖像権やプライバシー権侵害は刑事罰の対象ではないため、警察が積極的に動かないこともあるので、早期に弁護士に依頼し、発信者情報開示請求や投稿削除、損害賠償請求などの対策を講じることが肝要だ。
日本の法整備はどこまで進んでいるか
正直なところ、日本の法規制はまだ追いついていない。日本には2026年6月時点でディープフェイクを直接規律する専用法は存在せず、既存の法律を組み合わせて対応しているのが実情だ。虚偽の内容で他者の評価を貶めれば名誉毀損罪(刑法230条)、性的なディープフェイクはわいせつ電磁的記録の頒布等(刑法175条)や私事性的画像被害防止法、無断で顔や姿を合成すれば肖像権・人格権の侵害、なりすましによる金銭の詐取は詐欺罪など、それぞれ問題となりうる。
前進の兆しは見える。総務省は、インターネット上の偽・誤情報対策として、プラットフォーム事業者への規律強化を進めている。2024年には「プロバイダ責任制限法」の一部改正法が成立し、名称が「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律(情報流通プラットフォーム対処法)」に改められた。これにより、大規模なプラットフォーム事業者は、削除申請への迅速な対応や運用状況の透明化が義務付けられることになる。
日本でも2025年に「AI新法(人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律)」が成立し、透明性確保を掲げているが、具体的な制度設計は今後の検討課題として残る。法律の整備と技術の進化は、常にイタチごっこだ。しかし「専用法がないから無法地帯」という認識は、完全な間違いだということは繰り返し強調したい。
世界の動き——EUとアメリカの先進事例
海外では規制がより明確化されつつある。2024年に成立したEU AI法は、ディープフェイクに特化した透明性義務を定めている。ディープフェイクを公開する利用者は、その内容が人工的に生成・加工されたものである旨を開示しなければならない。あわせて生成AIの提供者は、出力が機械可読な形式でAI生成・加工と検出できるよう表示する義務を負う。違反した場合、最大1500万ユーロまたは前年度売上高の3%という高額な罰金が科される。
米国でも動きは活発だ。2024年にテネシー州で成立した「ELVIS法(Ensuring Likeness Voice and Image Security Act)」は、AIによるアーティストの「声」の無断模倣から権利を守ることを主眼としており、無許可で個人の声や肖像を模倣するディープフェイクを作成・公開する者だけでなく、そのためのツールや技術を提供する業者に対しても民事訴訟を起こす権利を認めている。
現在の各国の立法動向として、規制の対象がコンテンツ制作者でなく、プラットフォームやAIサービス提供者へとシフトしており、ディープフェイクを完全禁止するのではなく、明示義務を負わせるなど「透明性」を前提に技術活用の余地を残している点が共通している。日本が参照すべき枠組みは、すでに海外に存在している。
私たちに何ができるか——受け手としての責任
問題はつくる側だけにあるわけではない。インターネット上では、真偽不明の情報が、面白半分で拡散されてしまう。それがデマを生み、取り返しの付かない重大な事態を引き起こすことにもなりかねない。インターネット上の情報に接した場合には、それが本当に拡散させて良い情報かどうかについて、一度立ち止まって、冷静に判断する必要がある。
西野七瀬のような著名人の名前がディープフェイクと結びついた検索ワードとして広まること自体が、問題の一端を担っている。その動画や画像を「見てみたい」と思う好奇心が、コンテンツへのアクセス数を押し上げ、加害者に需要があると錯覚させる。消費者の行動が、被害の連鎖の一部になってしまっている構造がある。
特に、本人が関与していない性的動画や虚偽の映像が拡散されるケースでは、被害者の人格や生活に重大な影響を及ぼす。クリックひとつが、誰かの人生を傷つけている——その想像力を持てるかどうかが、今の時代に問われている。
ディープフェイク問題の核心:技術ではなく、倫理と制度
AI技術そのものは中立だ。医療診断、映画の視覚効果、障害者支援など、社会に貢献する使い方は無数にある。問題は、その力を他者の尊厳を踏み躙るために使うことにある。西野七瀬ディープフェイクの問題は、彼女個人の話ではなく、日本社会全体がデジタル時代の倫理をどう構築するかという、より大きな問いの縮図だ。
ディープフェイクがもたらすリスクには、なりすまし詐欺、性的ディープフェイク、偽情報・世論操作、選挙干渉という四つの類型があり、その悪用は個人の被害に留まらず社会全体を揺るがす問題へと発展しつつある。芸能人への被害を「他人事」と思っているうちに、次のターゲットは一般市民になる。すでに学生同士のトラブルでも、この技術が使われた事例が報告されている。
結局のところ、法律の強化と同時に求められるのは社会全体の意識変革だ。ディープフェイクを作らない、見ない、広めない。そのシンプルな選択の積み重ねが、西野七瀬をはじめとする被害者への最大の連帯となる。技術が進化するほど、人間としての判断力と倫理観が試される時代に、私たちは生きている。