高嶋ちさ子の夫・盛田賢司とは?ソニー創業者一族の御曹司とミキモト勤務の素顔に迫る
世界的なヴァイオリニストでありながら、テレビ番組では歯に衣着せぬ発言で視聴者を笑わせ続ける高嶋ちさ子さん。その強烈なキャラクターの裏で、長年にわたって彼女を静かに支えているのが夫の盛田賢司さんだ。一般人でありながら、その家柄と経歴は並大抵のものではない。ソニー創業者一族という輝かしい血筋を持ちながら、自らは宝飾ブランドの第一線で働くという、ある意味で異色のキャリアを歩んできた人物である。
高嶋ちさ子とはどんな人物か
高嶋ちさ子さんは1968年8月24日生まれ、東京都渋谷区出身のバイオリニスト・タレントだ。青山学院からイェール大学院という「世界基準のエリートコース」を歩み、現在も年間100本近いコンサートをこなしながら、人気番組『ザワつく!金曜日』のMCとしても活躍している。その演奏力と毒舌キャラのギャップが、長年にわたって視聴者を引きつけている。
父・髙嶋弘之は東芝EMIの元ディレクターで、ビートルズを日本に紹介した人物。その兄(伯父)が俳優の高島忠夫であり、伯父夫妻の子である俳優の髙嶋政宏・政伸兄弟は従兄にあたる。そんな芸能界・音楽界にゆかりの深い一家に生まれ育ったちさ子さんにとって、舞台に立つことは自然な選択だったのかもしれない。
盛田賢司とはどんな人物?その驚くべき家系
高嶋ちさ子さんは1999年に結婚。お相手は、一般企業に勤める盛田賢司(もりた けんじ)さんだ。賢司さんの伯父にあたるのが、ソニー創業者の一人である盛田昭夫氏。そして賢司さんの父・盛田正明氏は、ソニー生命保険の社長や会長を歴任した人物だ。正明氏はさらに、テニスプレーヤー・錦織圭選手を幼少期から支援した「盛田正明テニス・ファンド」の創設者としても有名で、賢司さん自身もこのファンドの評議員を務めている。
盛田賢司さんは一般の方だが、その職業やキャリアは非常に華々しいものだ。名前を聞けばすぐにピンとくる人も多いだろう。日本が世界に誇るエレクトロニクス帝国・ソニーを築き上げた盛田昭夫氏の一族。その血を受け継ぎながらも、賢司さん自身はソニーではなく全く別の「美の世界」に身を置く道を選んだ。
職業はミキモト社員——宝石のプロフェッショナル
高嶋ちさ子さんの夫・盛田賢司さんの職業は、日本を代表する高級宝飾ブランドの「ミキモト」の社員だと言われている。親族がソニーと深い関わりを持つにもかかわらず、盛田賢司さん自身は宝飾品業界で働くことを選択したようだ。
盛田賢司さんが「ミキモト」で働いているという情報は複数の情報源から裏付けられている。例えば、高嶋ちさ子さんが結婚する際、賢司さんから「ミキモト」の真珠を贈ってもらったことなどがあげられる。また、高嶋ちさ子さんの結婚式の引き出物がミキモトだったという情報も複数確認されている。さらに高嶋ちさ子さんはコンサートなどの公式行事でミキモトのジュエリーを着用することも多く、夫婦間でアドバイスをもらうこともあるとのことだ。
盛田賢司さんは「ミキモト」で25年以上のキャリアを持つベテラン社員であるうえ、そこそこ重要な役職に就いている可能性が高いとされている。音楽という芸術の世界で生きるちさ子さんと、美と品質を追求する宝飾業界のプロ——まったく異なるようでいて、実は「本物を見抜く目」という点では似た者同士かもしれない。
二人の出会いとスピード結婚の経緯
高嶋ちさ子さんは友人が宝石店に結婚指輪を買いに行った際、たまたま大学の同級生だった盛田賢司さんと再会。その時、高嶋ちさ子さんと合うのではと思い、後日高嶋ちさ子さんを盛田賢司さんが働いている宝石店に連れて行くと、高嶋ちさ子さんが盛田賢司さんに一目惚れし、これがきっかけで交際・結婚となった。
当時、盛田さんには交際中の相手がいた。しかしちさ子さんは動じなかった。高嶋ちさ子は一目惚れして猛アタックし、交際がスタートしてから約3ヶ月後に高嶋ちさ子がプロポーズするという形で、1999年に結婚している。逆プロポーズというあたりが、いかにもちさ子さんらしい行動力だ。
高嶋ちさ子さんと夫・盛田賢司さんは1999年2月13日に結婚式を挙げた。実は結婚式よりも入籍日の方が後で、入籍日が後だったのは盛田賢司さんの提案によるもの。挙式後1カ月間はお試し期間で、夫婦生活がうまくいったら籍を入れようと言われたのだとか。これがまた面白い。強気で知られるちさ子さんが、結婚直前にそんな条件を提示されていたとは——おっとりしているように見えて、盛田さんもなかなかのやり手だ。
性格と夫婦関係——正反対だから続く25年
盛田賢司はかなり温厚な性格で誰にでも優しく、高嶋ちさ子も「こんな人が存在するのか?」と思うほど性格が良いそうだ。一見、高嶋ちさ子と盛田賢司は正反対の性格にも思えるが、強気な性格の高嶋ちさ子に穏やかな盛田賢司だからこそ、バランスがいいのかもしれない。
ただし、「おっとりしているだけ」では片付けられない。高嶋ちさ子さんが各所で「物静か」「おっとり」と話す旦那さんだが、実はちさ子さんよりも毒舌な一面も持ち合わせているという。SNSに残るやり取りを見ると、ちさ子さんが自分のことを嘆いたとき、夫がバッサリと切り返す場面も垣間見えた。お互いの毒舌が噛み合うからこそ、この夫婦は20年以上経った今も笑いが絶えないのだろう。
高嶋さんは常々、夫のことを「私の仕事を理解し、支えてくれる唯一の人」と語っている。安定した職業と収入を持ち、精神的にも自立している盛田さんがいるからこそ、高嶋さんはリスクを恐れずに芸能界や音楽界で自由に活動することができる。
二人の息子たちとグローバルな教育方針
高嶋ちさ子さんは2007年2月6日に長男を、2009年5月18日に次男を出産している。二人とも息子だ。息子2人は大学まで一貫の学校に通っていたが、長男は小学校卒業後の2018年9月に、次男も2021年9月に渡米し、アメリカの学校に通っている。
次男の高校については「Northfield Mount Hermon(通称NMH)」で、「卒業生の半数以上が全米の大学ランキングトップ50以内に進学する名門校」と紹介されている。そして長男については、アメリカの高校を卒業後、スイスの大学に合格。ホテル経営について勉強したいのだという。
二人の息子については、盛田さんは料理も得意だと言われており、忙しい高嶋さんに代わってキッチンに立つこともあるそうだ。彼女が仕事に集中できるよう、家事や育児の分担についても非常に協力的で、現代的な「共働き夫婦の理想形」とも言えるサポートを行っている。
家庭の中での役割分担はシンプルに見えて、実は精巧に機能している。ちさ子さんが情熱と感情で走り、賢司さんが冷静に後方支援する——そのコンビネーションが、息子たちを世界水準の環境へと送り出す原動力になっているのだ。
盛田家という名門——錦織圭との縁も
盛田賢司さんの父親は盛田正明氏。正明氏はかつてソニー生命保険の社長や会長を務めた大物財界人だ。さらに日本テニス協会の会長を務めるなど、スポーツ界にも多大な貢献をしてきた人物として知られている。
その盛田正明氏が設立した「盛田正明テニス・ファンド」。このファンドが若き日の錦織圭選手のアメリカ留学を支援したことは広く知られており、賢司さん自身もこのファンドの評議員を務めている。世界的テニス選手の育成に間接的にかかわってきた家系——という事実だけでも、盛田家の社会的影響力の大きさがわかる。
実家が単にお金持ちというだけでなく、社会的地位や名誉も兼ね備えた、正真正銘の名家だ。高嶋ちさ子さんも非常に裕福な家庭で育ったが、夫の盛田家もそれに引けを取らない、あるいはそれ以上の家柄と言える。
夫婦のリアル——テレビに映る「恐妻」と「寡黙な実力者」
テレビ番組で密着された場面では、高嶋が「ママはさー、(子供の)自慢がしたいのよ」と訴えると、夫が「くだらない」とボソッと一言。長男は「テレビで教育者ぶってるのがいけない」とママに説教し、苦笑いとなっていた。
このやり取りが、この家族の空気感をよく表している。ちさ子さんが騒いで、息子たちが突っ込んで、夫が静かに核心をつく。外から見れば「恐妻家」と描かれる盛田さんだが、実際はむしろ家族の中で最も冷静な視点を持つ人物として機能しているようだ。
また、彼女の出演する番組やコンサートを冷静な視点で見守り、時に的確なアドバイスを送ることもあると言われている。自分の職種とは違えど、プロフェッショナルな表現者としての妻を心から尊敬しているからこそできる支え方だ。
高嶋ちさ子・夫 盛田賢司が体現する夫婦の形
高嶋ちさ子と盛田賢司という夫婦は、外側から見るとアンバランスに映るかもしれない。毒舌で情熱的な妻と、穏やかで寡黙な夫。世界的アーティストとミキモトの宝石のプロ。しかし実態はむしろ逆だ。互いの専門領域を深くリスペクトし、家庭では役割を補い合い、子育てではグローバルな視野を共有している。
元々結婚する前から収入格差は分かった上で結婚しているだけに、いまさら差があってもびくともしない夫婦の絆は見事だ。そして、高嶋さんは夫の客観的な意見には一目置いており、素直にアドバイスを聞き入れるという。夫は一番のファンであり、一番厳しい批評家でもある。仕事の面でも対等に向き合える関係性が、夫婦の絆をより強固なものにしている。
バイオリンの弦が張力と柔軟性のバランスで美しい音を奏でるように、この夫婦もまた、対照的な性格が噛み合うことで独特のハーモニーを生み出している。1999年の出会いから四半世紀以上が経った今も、高嶋ちさ子と盛田賢司の関係は続いている。それ自体が、この二人の関係の深さを静かに物語っている。